南部代表講演会 淡路市しづかホールで開催!
- 2022年1月5日
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去る12月2日、兵庫県淡路市のしづかホールにて、淡路市主催の「いつかきっと帰りたくなる街づくり講演会」が開催されました。当日は南部代表が登壇され、「淡路島で実現する『真に豊かな働き方・生き方』」と題して、約240名の聴衆に向けて講演されました。今回は、その講演内容をダイジェストでお届けします。
淡路島で地方創生を始めたきっかけ
パソナグループが淡路島での挑戦の第一歩を踏み出したのは2008年のこと。「パソナチャレンジファーム」をスタートしたことから始まります。 私はもともと、淡路島の対岸にある舞子で育ち、小さい頃にはよく淡路島に絵を描いたり、釣りをしに来ていました。しかし、大学に進んで以降、それまではあまり淡路島に縁がありませんでした。
2008年に起きたリーマンショックの後、景気が大幅に悪化し、大学を出たけれど仕事がない学生が全国で10万人以上に上りました。そのことを当時、兵庫県の井戸知事や淡路市の門市長に相談しに行きました。そこで生まれたアイデアが、2011年にスタートした「ここから村」。“半農半芸”をコンセプトに、1日の半分は農業などの仕事をしながら、半分は芸術など好きなことをする、若者の雇用創出です。
リーマンショックの後、パソナグループは四半期決算で初めての赤字を発表しました。当時は社員を1人雇うのも大変な時期でした。しかし、300人の若者の雇用を淡路島に創出することに踏み切りました。
さらに、その後起こった東日本大震災。私はまた市長にお願いに上がりました。「東北の若者たちが仕事が無くなり困っている。できれば淡路島で、農業や「ここから村」の半農半芸のような仕組みで、将来は淡路島から東北に持ち帰れるビジネスをやりたい。チャンスをください」と申し上げました。 そして市長が動いてくださり、旧野島小学校をリノベーションした「のじまスコーラ」の開設やそれ以外にも、いろいろな挑戦に繋がるチャンスをいただきました。

コロナ禍が背中を押した本社機能移転
昨年、コロナ禍が起こり、当たり前だった日常が大きく変わり、経済活動がストップしました。当時、私は経営者として、東京にいるべきか、淡路島に行くべきか、実はものすごく迷いました。
その時にまた、私は市長に相談しに行きました。そして、市長の言葉に勇気をもらったのです。「“行雲流水” 雲が流れるように、水が流れるように。やるだけやってみてください。市長としてなんでも協力するから。」この一言で私は「よし!」と。東京本社の機能の一部移転を決めました。
ある新聞記者が、私に質問しました。「そうは言っても、うまくいかなかった場合、東京に帰るんじゃないですか?」私ははっきりと言いました。「私が40代、50代ならまだしも、70歳になろうとする私が今、『帰る』と言って帰れますか?一部上場の会社で、役員を説得し、何百名もの社員が来てくれて、みんながここ淡路島で頑張っている。なぜ帰れますか?私は覚悟を決めたのです。だから、東京本社の移転を決めたのです。」
もし、島民の方々に「嫌だ、帰れ。」と言われたら、または社員のみんなが「帰りたい」といったら、帰ろうと思っています。
しかしある時、社員の4歳の子供がこう言ってくれました。「淡路島は楽しい!面白い!」。ある社員も「淡路島はユートピアのようだ」と言ってくれ、私は心を決めたのです。
「社員は喜んでくれている。島民の方々にも受け入れてもらえるように、少しずつ少しずつやろう。そして、やるからには一生懸命やろう!」

淡路島の未来ビジョン
2015年、淡路島にイノベーションチームを創り、今後10年間の中期ビジョンを作りました。今ちょうど、立てた計画の20%を達成しています。「え、まだ20%なの?」と思われるかもしれませんが、願いは必ず叶う。一つ一つ実っていきます。
淡路島は、温暖な気候で、近くには5つの世界遺産がある。「この“天の利”と“時の利”と“地の利”を生かせば、いくらでもできる」という信念で、様々な仕組みを考えてきました。
2025年は関西・大阪万博、2027年には大阪へのIR(統合型リゾート)の誘致も決まっています。そのレガシーを、将来淡路島に持ってきたいと思っています。
淡路島をどのような場所にしたいか?私は世界中の観光地を思い浮かべました。場所によっては、観光客がゴミだけ落としてお金を落とさずに帰っていく場所もあります。そこで淡路島を地中海のような場所にしようと決めました。地中海は綺麗な街並みで、食べ物も美味しく、みんなが豊かになる。淡路島を地中海のような、すべてのものが整っているところにしたい!
淡路島の未来ビジョンの一つ目は、「健康」です。
これまでも、オリンピック・パラリンピックと並んで、子どもから大人まで老若男女みんなが知っている運動会の競技の世界大会「UNDOKAI World Cup」を淡路島で開催しました。5万人もの方が参加してくれ、80社の企業がスポンサーになってくれています。
次に、「文化・芸術」です。
現在、60名近い音楽家の方が淡路島に来て、島のあちこちで演奏してくれています。東京芸大を卒業したオペラ歌手や世界的なバレリーナが、青海波「波乗亭」でコンサートやバレエ公演を開催しています。また、世界中から大道芸人を集めた「Awaji Art Circus」には、30名~40名のパフォーマーたちが集まってくれています。
次は、「インターナショナル」です。
「4歳~7歳の子どもを持つ家庭が淡路島に来るためには何が必要か」を社員に聞いたところ、全員が「良い教育環境が欲しい」「インターナショナルスクールが欲しい」と答えました。そこで、来年4月から、インターナショナルスクールを淡路島に誘致することが決定しました。
さらに、世界中から優秀な若者を集めた「Awaji Youth Federation」。その他にも、国連機能を淡路島に誘致したい。これまでも国連食糧農業機関(FAO)を誘致しています。その他にも4つ程の国連機能を持ってきたいと思っております。
最後は、「ベンチャー」です。
メディカル関連やAI/IoTなど多くの最先端技術を持ってきたい。どうすれば、日本だけでなく、世界における最先端のラボを作ることができるか?現在、ベンチャー企業の誘致を進めています。
「成幸」を目指して
私は今、「淡路島の皆さんに、何が一番喜んでもらえるんだろう」と考えています。
2025年、私は75歳になります。淡路島の皆さんに「パソナグループが来てくれて良かったな」と言ってもらいたいし、社員と社員の家族が「淡路島に来て良かった」「健康でイキイキと、新しい働き方ができて良かった」と言ってもらえることを、一番の目標に掲げています。
「成功」とは何でしょうか?成功の“功”の字を“幸”という字に代えて「成幸」、幸せな成功を成し遂げたい!これが私の今の気持ちです。
私は、2024年までに淡路島に集まる1,200名の社員にも「安心してほしい」と言いたい。
そのためには、淡路島の皆さんの知恵を借りたいし、皆様に支援してもらいたい。小さなアイデアでも、「淡路島でこういうことやったらいいよ」という知恵をください。
もし淡路島の皆さんにご賛同いただけなければ、私も潔く引き揚げます。しかし、迎え入れていただけるならば、私の人生と命をかけて、皆さんの希望に、夢に、志に応えていきたい!安心してください。パソナグループは皆さんと共にあります。信じてください。
2008年に淡路島に来て、「パソナチャレンジファーム」を開始して以来、皆さまに支援していただいたご恩に、必ず報います。私は言ったことは実行します。
2025年、「パソナグループが来てくれて良かったな」と思っていただけたら、講演会に呼んでください。皆さんと共に、またこうして志を語り合えることを楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。




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